🌸浮世絵版画の制作における「指図」🌸


浮世絵版画の制作において、絵師から彫師、摺師への「指図」や「指示」という作業があります。これは、分業制で成り立っていた浮世絵版画の制作工程において、作品の品質と絵師の意図を忠実に再現するために不可欠なプロセスです。


浮世絵版画制作における「指図」の役割

浮世絵版画は、以下の主要な職人たちの共同作業によって制作されました。

  1. 版元(はんもと): プロデューサー・出版社。企画立案から販売までを統括。
  2. 絵師(えし): 原画を描く。現代のイラストレーターにあたる。
  3. 彫師(ほりし): 絵師の描いた原画を版木に彫る。
  4. 摺師(すりし): 彫られた版木に絵具をのせ、和紙に摺る。

この中で、「指図」が最も具体的に行われたのは、絵師から彫師・摺師への指示です。


具体的な「指図」の工程

浮世絵版画の制作工程は以下の通りで、それぞれの段階で絵師の指示が介在しました。

  1. 絵師による「版下絵(はんしたえ)」の作成
    • 絵師は、まず墨一色で輪郭線だけの原画(版下絵)を描きます。この段階では色は一切描かれていません。
    • この版下絵は、最終的な作品の構図と線描を決定するもので、彫師への最初の「指図」となります。
  2. 彫師による「主版(おもはん)」の彫刻
    • 彫師は、絵師の描いた版下絵を裏返しにして版木に貼り付け、墨の輪郭線部分を彫り残す形で版木を彫ります。
    • この彫られた版木が「主版」となり、作品の墨線(骨格)を摺るために使われます。この工程では、絵師の線のタッチや細かさなど、彫師の技術が求められますが、あくまで版下絵に忠実に彫ることが「指図」の内容となります。
  3. 絵師による「色指定(色ざし・校合摺)」の指示
    • 彫師が彫り上げた主版を使い、摺師が数枚の紙に墨一色で試し摺りをします。これを「校合摺(きょうごうずり)」と呼びます。
    • 絵師は、この校合摺の一枚ごとに朱色で色を指定していきます。「この部分は青」「ここは赤の階調」「ここは墨で濃く」など、細かく指示を書き込むのです。これが、色を決定する摺師への最も重要な「指図」となります。
    • 浮世絵版画には、完成した状態のカラー原画は存在しないことがほとんどです。絵師は頭の中で完成形をイメージし、校合摺に朱で色を指定することで、そのイメージを摺師に伝えていました。
  4. 彫師による「色版(いろはん)」の彫刻
    • 絵師の色指定に基づいて、彫師は色ごとの版木を彫ります。例えば、青い部分を摺るための版木、赤い部分を摺るための版木、というように、必要な色数だけ版木を彫り分けます。
  5. 摺師による「摺り」と最終調整
    • 摺師は、絵師が指定した色ごとの版木に絵具をつけ、和紙に一枚一枚色を重ねて摺っていきます。
    • 最初の試し摺りの段階では、絵師や版元が立ち会い、摺師の摺り上がりに細かく指示を出すこともありました。例えば、「もう少し薄く」「ここの階調はもっと滑らかに」といった微調整の指示です。
    • 摺師は、色を濃い色から薄い色へ、小さい面積から大きい面積へと摺り重ねるなど、絵師の指示を最大限に生かすための高度な技術(ぼかし摺り、空摺り、きめ出しなど)を駆使しました。

このように、浮世絵版画は、絵師が描いた線画と色の指示という「指図」を基に、彫師と摺師という高度な技術を持つ職人が連携して作り上げる、分業制の「チーム制作」でした。絵師の芸術的意図と職人たちの技術が融合することで、何百枚もの美しい浮世絵が生み出されたのです。